猫と暮山①:動物大好き少女が猫ぎらいの愛犬家になったわけ

猫は随分と昔から日本でも定番のペットではありますが、近頃ますます人気のようですね。

最近では犬を飼っている人より猫を飼っている人の方が多いのだとか。

猫は中世ヨーロッパでは魔女の使いとして忌み嫌われたという歴史を持っています。

対してイスラム教世界では犬が嫌われ気味である一方、昔から猫には好意的な目が向けられているようですね。

今日からはそんなたちのお話です。

 

完全なる犬派・暮山

猫の話をすると言っておいてなんですが、暮山は完全なる犬派です。

 

暮山は子供のころムツゴロウさんの番組を欠かさず視聴しており、いつか彼に弟子入りすることを夢見るほどの動物大好き少女でした。

(ムツゴロウさん、懐かしいですね…。最近の若者は知らないのかしら。)

小さきものたちはほぼ全てが愛でる対象であったため、ウサギもカメも、トカゲもカエルも、アリもキリギリスも、すべてに対し求められてもいない愛を平等に注いでいたものでした。

(すみません、キリギリスについては真っ赤な嘘です。

別に嫌っていたわけではありませんが、接した記憶はほとんどありません。)

 

(そんな少女が虫をいじめる三十路に成長してしまった話はこちらから→ 暮山の敵たち①:室内のコバエ駆除には手作りコバエホイホイ⁉︎ )

 

もちろんこの頃から犬は大好きでしたが猫も同じくらい大好きで、薄汚れたブサイクな野良猫を見つけてはなで回しに行き、しばしば母に苦い顔をされておりました。

 

そんな暮山が圧倒的犬派になったのは、小学校三年生の時のこと。

その後15年の付き合いになる愛犬との生活が始まったころからです。

かわいい我が愛犬の魅力に骨抜きにされた暮山。

猫への愛もその他の小きものたちへの興味も急速に失うという、驚きの変貌をとげます。

その様はあちこちの女性に甘い言葉をささやいておいて、少女だった紫の上が大人の女性になったとたんに秒速で妻にしたという稀代のプレイボーイ・光源氏のようです。

(光源氏が女性たちから熱烈に愛されていたのに対し、暮山はそもそも小さきものたちの「誰からも・全く」求められていないのは大きな違いですね。)

 

さて、猫と同居したことのない犬はだいたいの場合猫をきらっていますが、我が愛犬もやはり猫がきらいでした。

当時の暮山の実家周辺には野良猫が多くおりまして。

愛犬との散歩の時などよく猫たちに遭遇したものですが、愛犬と猫たちは鉢合わせるたびにお互いに力一杯威嚇しあっていたのをよく覚えています。

まるでヤンキー漫画に登場するツッパリたち。

(いちいち表現が古くてすみません…。)

愛犬のあまりの威嚇っぷりが気の毒になり、暮山もしだいに猫をきらいだと思うようになっていきました。

 

今になって考えると、愛犬も猫たちも、お互いを本当にきらいなわけではなかったように思います。

お互いのことを、いつものお散歩・いつものお昼寝・いつものパトロールといった平和な日常生活に刺激を与えあう存在として認識し、ドキドキわくわくしながらあえて相手を探したり、待ち伏せしたりしていたのかもしれません。

それは我々人間が刺激を求めて自らお化け屋敷に足を踏み入れたり、ホラー映画を見たりするのと似たような感覚なのかも…?

そういった彼らの心の機微を察するには、暮山は当時あまりに幼かったのです。

必死の思いで愛犬より先に猫を見つけようと目を皿のようにして探し、ターゲットを発見してはその道を迂回して散歩していた暮山のなんと野暮だったことか…。

 

話は戻りますが、そういったわけで長い年月をかけ暮山は

犬も猫も好き派

から

圧倒的犬派・猫ぎらい

へと宗旨替えを果たしたのでした。

愛犬は暮山がOLになってしばらくしたころに死んでしまいましたが、その後も暮山はやはり圧倒的犬派・猫ぎらいのままでおりました。

 

その後さらに数年が経過し、暮山は結婚してOLを辞め、中東某国に来ることになりました。

ここでの暮山の生活は、今までどおり地味ではあるけれど変化に富んだものとなります。

ヨガを始めたり英会話に抵抗がなくなったり、エセ金持ち生活を始めたり小型の虫たちとの戦いの火蓋が落とされたり。

しかしそれでもなお、猫ぎらいについては変わることはありませんでした。

動かざること山のごとし。

そう、あのできごとが起こるまでは。

 

 

(次の記事はこちら→ 猫と暮山②:旅行の時頼るべきは友?留守中のペットの世話 )

 

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