謝罪と暮山①:中東某国で回送バスが謝罪パネルを表示する日は来るのか

【謝罪】
罪やあやまちを詫びること。

暮山が大学時代に購入し、15年以上愛用している電子辞書の広辞苑からの引用です。

(電子辞書って最近の若者はもう持ってないのでしょうか…?)

暮山、ここ中東某国では謝罪についての考え方が日本とはまるで違うように思います。

そこで今日からは謝罪をめぐる考え方について、考察していきます。

 

暮山、バスのメッセージに困惑する

あれは数年前のことです。

暮山はすでに夫と中東某国で暮らし始めており、久しぶりに日本に帰国しておりました。

友人や実家の家族と気軽に会えるし、食べ物は安くて美味しいし、安全で清潔だし、日本語でコミュニケーションが取れるし、暮山の大好きな日本の本屋さんがいたる場所にあるし。

中東某国にはもちろん日本とは違った良さがありますが、やはり日本人である暮山にとっては日本が世界一の国であることを実感しつつ、つかの間の日本滞在を満喫しておりました。

 

ある日街を歩いていると、バスのロータリーを通りかかりました。

何気なく行き来するバスを見ていると、一台のバスの運転席の上にあるパネルに目が留まりました。

 

すみません回送中です

 

…?

すみませんって、これは暮山に向けられている言葉なの…?

暮山、特段バスに謝罪してもらいたいことなどされた覚えがないのですが。

そして『すみません回送中です』ていうのは文章に脈略がなさすぎて日本語としていかがなものか…?

 

念のためあたりを見回してみましたが、バスに謝罪を要求していそうな人は見当たりません。

困惑する暮山をその場に残し、バスはどこかへ走り去って行きました。

 

後日調べたところ、『すみません回送中です』の真意が理解できました。

なんでも、回送中のバスの運転手さんたちがバス停前を通過する際、待ちわびるお客さんの姿を目にして忍びなく思い、苦肉の策として「回送中」の前に謝罪を入れることにしたのだとか。

暮山が日本語として違和感を覚えた文章についてもちゃんと理由があり、電子パネルに表示する際、これ以上の字数になると読みづらくなってしまうため「すみません」とだけ表示しているとのことでした。

なるほど、ようやく合点がいきました。

あの「すみません」は暮山に向けられていたわけではなく、バスを待ちわびるお客さんたちのための言葉だったわけですね。

 

暮山と中東某国における謝罪

楽しい日本滞在を終えて中東某国に戻ると、そこは謝罪の言葉などもしかしたらこの世に存在しないのではないかと思える世界でした。

バスが回送中だからとパネルに謝罪を表す言葉を表示する日など、ここでは世界が終わったとしてもやって来ないでしょう。

 

バスはろくな予告もなくある日突然路線変更しますし、タクシー運転手さんは道を間違えても謝りません。

レストランやカフェの店員さんも、間違えてオーダーと違う料理を運んでも謝罪しませんし、引越し屋さんは荷物を破損しても素知らぬ顔です。

また、問い合わせ窓口などに電話をしても、営業時間中のはずなのに誰も出てくれないことも珍しくありません。

 

サービスの質が高いのなら謝罪も窓口対応もあまり機能しなくてもまぁいいか、と思えそうですが、残念ながらそういうわけではないのです。

暮山の体感的に、ここ中東某国のサービスの質は日本より格段に劣ります。

中東某国では、お客さんと直接接するサービス業等の仕事のほとんどが外国からの低賃金労働者によって支えられています。

働いている人の受ける教育・訓練・賃金・マニュアル・仕事に対する意識等、どれを取っても比較にならないレベルと推測されますので、そもそも日本と同じクオリティを求めるのは無理というもの。

 

分かっているのです。

分かってはいるのですが、暮山もなにしろ実は我の強い人間なもので、クオリティの低いサービスとそれに対し謝罪の言葉の一つもない無礼(に見える)態度に、ついイライラが止められなくなってしまうのです。

そういうわけで、次回は暮山が中東某国で繰り広げてしまったバトルの模様をお伝えいたします。

 

(次回に続きます。)

(次の記事はこちら→ 謝罪と暮山② )

 

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