謝罪と暮山⑥:空気を読む能力が支える日本のサービスの弱点とは

前回までのあらすじ

オーダーミスをめぐってカフェの店員さんと、そしてスーパー野菜コーナーでは必殺割りこみ人と化したお客さんと、それぞれバトルを繰り広げた暮山。

中東某国のサービスが日本でのそれと比較し格段に質が劣るために苛立ちが募ってしまうのだが、小心者の暮山はふと我に帰ると自分がクレーマーなのではという不安に駆られてもいた。

そこで日本と中東某国での両極端な対応につき検証する暮山。

日本のサービスの質の高さは、実は国民のほぼ全員が空気を読むという特殊技能を持つエスパーであるがゆえに成り立っているのではとの持論を展開する。

日本生まれ・日本育ちの暮山は当初中東某国での暮らしに不便さを感じていたものの、最近では

 

基準を逸脱しているのは中東某国ではなく、日本の方なのでは?

 

と考えるようになっていたのだった。

 

(「謝罪と暮山編」初回記事はこちらから→ 謝罪と暮山① )

(前回の記事はこちら→ 謝罪と暮山⑤ )

 

エスパーと非エスパーとエスパー暮山と

空気を読むという特殊能力を持たぬ者たち=非エスパーが圧倒的多数を占める、ここ中東某国。

ここではバスの運転手さんが回送中にバス停を通りかかり、灼熱の太陽の下バスを待ちわびるお客さんを目にしてもその心中を思い心苦しくなることなどないのです。(たぶん)

よってここでは

すみません回送中です

とのパネルがバスに表示される日はやはり永遠に来ないのでしょう。

日本のバス会社の対応と比較すると、お客さんへの思いやりが感じられない冷たい対応のように思えます。

しかし暮山、中東某国のバス会社の対応はある意味では正しいとも思うのです。

 

暮山を含め、われわれ日本人はエスパーが圧倒的多数を占める世界での暮らしに慣れ親しんでいます。

エスパーの仕事ぶりは非エスパーたちのそれとは比べ物にならないきめ細やかさです。

 

エスパーによる成果物 〜代表例4選〜

 

  • コンビニでお弁当を買えば店員さんの方から「温めますか?」と聞いてもらえる
  • どんなに小さなお店での買い物でも、お店側がお釣りを用意していない事態を想定する必要はほぼない
  • お問い合わせ窓口に電話をすれば、たとえ回線が混んでいて繋がらない場合であっても、少なくともその状況を教えてもらうことができる。いつまでも電話がつながらない等、放置されることがない
  • 業者に修理など依頼するときは、一度連絡すればそのまま忘れ去られることはほぼありえない

 

エスパーたちの素晴らしい働きによって、日本では不便を感じることなく、ストレスフリーに、時には言葉を発することすらなくサービスが受けられるのです。

 

しかし、完璧かに思われたわれわれエスパーにも弱点はあります。

それは

相手の意向を汲み違えることがあるということ

そして

サービスを受ける側が提供側のエスパー能力を過大評価するリスクがあること

の二点です。

順番に説明します。

 

1. エスパーも相手の意向を汲み違えることがある

エスパーの能力も万能ではありません

当たり前のことですがわれわれも元を正せば人間なので、間違えることもあるのです。

 

冒頭で触れたバス運転手さんの例で言うと、運転手さんから見れば今か今かとバスを待ちわびているお客さんのように見えていても、実はそうではない可能性も全くないとは言い切れないのです。

そのお客さんは暮山のように多大なる妄想癖のある人で、バスを待つのもそっちのけで視線の先にいるアリのアフレコをするのに全神経を傾けているところかもしれないのです。

また、もしかしたらちょっと奥さんと喧嘩して、スマホもお財布も持たずに勢いよく家を飛び出したおっちょこちょいなご主人が手持ち無沙汰になり、ちょうど良いところにバス停のベンチがあったから腰掛けていただけ、ということだってあるかもしれません。

高い能力を持つエスパーといえど、結局相手が本当は何を考え何を望んでいるのかなんて、常に正確に把握することはできないと思うのです。

 

その場合はせっかくバスのパネルに

 

すみません回送中です

 

と表示しても、それは見当違いの思いやりということになってしまいます。

はたから見たら簡単そうに見えますが、バスのパネル表示を変更するのだって、そのためにお金も労力もかかっていることでしょう。

ですが、万が一それがお客さんの意向を汲み違えた結果の見当違いな思いやりであるならば、そこにかかったすべては無駄だったということになってしまいます。

 

そんな不確実性をはらんだことに時間や費用・労力を使うのであれば、その分をもっと確実にお客さんのためになることに使ったほうが有意義だったのかもしれない

 

…そんな風に考えることもできるのです。

 

2. サービスを受ける側が提供側のエスパー能力を過大評価するリスク

人間というのは良くも悪くも、どんなことであっても繰り返すことによって慣れる生き物です。

これはエスパーも同じです。

プロフェッショナルなエスパーたちのきめ細やかで完璧に近いサービスを日常的に受けていると、われわれは誰でも

 

この高品質なサービスを受けられるのは当たり前のことなのだ

 

と認識するようになります。

 

しかし、繰り返しますがエスパーたちだって、万能なわけではないのです。

間違えたり忘れてしまったりすることだってありますし、色々な事情でお客さん側の希望に沿えないこともあるでしょう。

エスパーを含む人間のもう一つの習性として

 

想定していなかった悪いことに遭遇するとストレスを感じる

 

というものがあります。

(ちなみに不思議なことに、同じことであっても、それが想定内であればさほどストレスを受けないのが人間です。)

 

きめ細やかで完璧なサービスを想定していたのに、(サービス提供者のミスその他のせいで)思い通りにいかない。

 

これは【想定外の悪いこと】なので、人間はストレスを感じます。

ストレス耐性の低い人間の場合は、これがさらに怒りという形で表現されることになります。

そこで暮山は思うのです。

 

近年日本で問題になっているクレーマー問題は

プロフェッショナルなエスパーたちが完璧に近い成果物を世に送り出し続け、お客さん側のエスパーたちがそれを当たり前と思うようになったこと

が原因のひとつなのではないか

…と。

 

(次回の記事はこちら→ 謝罪と暮山⑦ )

 

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