謝罪と暮山⑦:質の高いサービスがあっても生活満足度が低いのはなぜか?

前回までのあらすじ

サービスの質が日本より格段に劣る国・中東某国。

その驚きのクオリティに暮山は怒りに我を忘れた王蟲に変貌・店員さんや他のお客さんとバトルを繰り広げることもある。

日本と中東某国のサービス、その両極端な対応につき検証した暮山は、基準を逸脱しているのは中東某国のサービスではなく、空気を読むという特殊能力を持つわれわれエスパー(=日本人)が「当たり前」と感じている日本のサービスの方なのではないかと考える。

きめ細やかでお客さんへの配慮に富む、質の高い日本のサービス。

しかしそこには、エスパーであっても相手の意向を汲み違えるというリスクと、質の高いサービスが日常と化すことによってサービスを受ける側が提供側のエスパー能力を過大評価するようになるリスクという二つの弱点が存在する。

結果として、提供側がお客さんへの見当違いな思いやりに資金・時間・労力を投じる可能性が生じたり、クレーマー問題が発生したりといった現象が起きているのではないか…との持論を展開する暮山であった。

 

(「謝罪と暮山編」初回記事はこちらから→ 謝罪と暮山① )

(前回の記事はこちら→ 謝罪と暮山⑥ )

(店員さんとのバトルについてはこちら→ 謝罪と暮山② )

(他のお客さんとのバトルについてはこちら→ 謝罪と暮山③ )

 

加速するエスパー社会と暮山

暮山の海外経験は中東某国のみなので、広い世界を知っているわけでは全くありません。

日本人ではないソフィアやアンジェラ()も中東某国のサービスには不満を持っている様子なので、暮山の経験だけをもって

 

日本のサービスは規格外であり、中東某国の方がワールドスタンダードなのだ

 

と結論づけるのは少々乱暴かと思います。

ソフィア&アンジェラ初回登場記事はこちら→ 美と暮山② )

 

しかし、生粋の日本人である暮山が初めて出会った全く違う日常を通して日本のサービスを眺めてみると、今まで当たり前だと思っていたことが実は全く当たり前ではないことに気づくことができるのでした。

 

実にきめ細かく質の高い日本のサービスの中では、われわれ消費者エスパーたちが自ら何かを主張することなく、提供側が示してくれる流れに乗っているだけで良いようにとの格別の配慮がなされています。

そしてこの質の高いサービスを成立させるために、消費者エスパーからは見えないところで多大なる犠牲が払われていることでしょう。

サービス業に従事するエスパーたち…特に直接お客さんと接したり商品を扱うエスパーたちは、本来の業務をこなしつつ、お客さんへの配慮を目的としたありとあらゆる業務に目を配っているものと思われます。

高品質なサービスに慣れてしまった消費者エスパーたちはますます高いレベルのサービスを求め、その要求に応えるために供給側のエスパーたちはますます多くの業務をこなさなければいけなくなる…。

それなのに日本ではここ30年、ほとんど賃金が値上がりしていないそうです。

業務量もその守備範囲も次々と拡大が求められ増していく一方なのに、お給料はほとんど上がらない。

これでは労働者としてのエスパーたちの精神的・肉体的・金銭的な幸福度は下がる一方に思えます。

そしてこれはサービス業に限らず、日本の労働者エスパー全体の問題なのではないかと暮山は思うのです。

 

【高いクオリティのサービスを提供すること】それ自体はとても良いことです。

しかしそれは本来、【高品質を求めるのに見合った相応のお金を支払う際に提供されるもの】であって、日本全国津々浦々、いつでもどこでも、ましてや低価格を求めつつ同時に要求できるものではないと思います。

われわれ消費者エスパーはそのほとんどが同時に労働者エスパーでもあるわけなので、相手に無理を要求し続ければ結局はそれが全て自分自身に返ってきてしまう

中東某国で提供される、荒っぽく雑に見えるサービスは暮山にそんな風に考えるきっかけをくれました。

しかしまぁ、とはいえ消費者というものは高品質を求めてしまうのですよね。

だからこそ暮山はカフェ店員の態度に接してイライラスイッチをONしたり、スーパーの野菜コーナーで突如わめき散らす東洋人としてその場の注目を集めたりしているわけです。

物事を外側から見ているときはいくらでも偉そうなことが言えるけれど、いざ自分自身のこととなると目の前の小さなことしか考えられなくなるという、ダメな大人の典型例ですね。

いつか暮山にも、オーダーミスをしてなお自信満々な態度で胸を張る店員さんと接しても、その裏にある彼の状況を思って笑顔でやり過ごせる日がくるのでしょうか。

そして、スーパーの長蛇の列で堂々と割り込みをしかける他のお客さんに快く順番を譲ってあげるような人になれるのでしょうか。

 

残念ながら、当面は暮山はやはりダメな大人のままでいることになりそうです。

実はつい最近も新居での洗濯機の設置をめぐり、メンテナンス窓口のお兄さんとバトルを繰り広げたばかりなのです。

暮山が自身の理想である寛大で立派な大人になるには、人生100年時代をもってしても実現不可能なのかもしれません。

 

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